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JGTC All-Star USA

2004.12.19 JGTC All-Star USA カリフォルニアスピードウェイ
Po. No. Driver Machine Time
1 32 松田次生 / A.ロッテラー PIAA NSX 22’46.167
2 37 J.コートニー / 片岡龍也 DYNACITY トムス スープラ 9.742
3 18 道上 龍 / S.フィリップ TAKATA童夢NSX 14.236
4 100 中野信治 / 加藤寛規 / B.ジョアニー RAYBRIG NSX 15.250

中野信治コメント:

 今年最後のGTレースは、アメリカのカリフォルニアスピードウェイで行われました。ここアメリカは僕自身3年半を過ごした地でもあり、久しぶりに吸うアメリカの空気は懐かしさと新鮮さの入り混じったものでした。
  オーバルの一部を使った今回の変則的なコースはどのドライバーにとっても初めてであり、同じ条件でのスタートというのは僕にとっても楽しみでした。スケジュールも普段のシリーズ戦とは全く違った物になっていて、木曜日・金曜日にプラクティス、土曜日に予選・ナイトレースでの決勝、日曜日にはGTではこれもまた初の試みとなる一人ずつのドライバーによるスプリントレースが行われるという変則的なスケジュールで、何かと新しい試みの多い週末となりました。チーム国光は今回次期ドライバー候補として、フランスからブルース・ジョアニーというドライバーを連れてきていたため、僕達は週末を3人で戦う事に。走行時間はドライバーが増えた分減ってしまいますが、僕とチームメイトの加藤選手としては、今年戦ったマシンに他のドライバーが乗る事には、とても興味をもっていました。

 

木曜日午後からフリー走行が行われ、ここでまず3人のドライバーがマシンをドライブ。ブルース選手は初めてということもあり、2人のドライバーより多くの時間を使う事となりました。この日は朝から風が強かったものの気温は比較的高く、それぞれのチームが新しいサーキットでの感触を試して初日の走行が終わりました。
  金曜日には午後の早い時間と、日が暮れてからの2回のセッションが行われました。ここでは今まで通り加藤選手がニュータイヤを使い予選セットを、僕がガスを積んでレースセットを担当。ブルース選手はマシンの習熟の為に時間を使っていました。この2回のセッションを終え、マシンバランスはまずまず。レースセットもまとまり、明日に向けての手応えを掴むことが出来ました。タイムとしては同じ条件下では加藤選手と僕自身がほぼ同じぐらいのラップを刻んでいるのにのに対し、ブルース選手はマシンの習熟に手間取り2秒弱程この2人から遅れをとっていました。

  迎えた土曜日も前日に引き続き快晴。ここロサンゼルスは1年を通じて暖かい事は知られていますが、今回はこの時期としては特に暖かい日が続いており、連日20度以上の気温になっていました。サーキットに詰め掛けた大勢の観客は一様にTシャツ姿での観戦で、この時期の日本では考えられない光景が見られました。この日は予選と初めての試みであるナイトレースが行われ、その予選は加藤選手が担当。チーム国光は異例の3人体制だったので他のチームに比べ走る時間は少なかったものの健闘を見せ、7番手で予選を終えました。

  決勝は日没直前の4時45分にスタート。スタンドに詰め掛けた大勢の観客達から声援を受け、GT選手権初めてのアメリカでのレースが始まりました。今回は前回の鈴鹿戦に引き続き、スタートを僕が担当する事に。スタートを問題なくこなし、スタートの順位をキープしたまま1周目を終え、その後も前を行くトップ集団と同じタイムを刻み周回を重ねます。しかしその後No.32
PIAA NSXがスピンし後退。12周目にはNo.37 DYNACITYトムス スープラがNo.1に接触し、さらにそこにNo.18
TAKATA童夢NSXが突っ込んでしまいます。この混乱の中で僕は順位を4位に上げましたが、後ろにいた32番NSXが一番良いライン上にいた為再び前へ。ここで順位は5番手。以前トップ集団は団子状態のまま周回を重ねましたが、No.18
TAKATA童夢NSXが破損したマシンを動かす事が出来ずイエローコーション。

  このイエローで数台が1回目のピットストップを行いましたが、僕はそのままコースに留まり3番手で再スタート。前を行くNo.22
モチュールピットワークZを追っているところで、なんと後ろからNo.37DYNACITY トムス スープラが接触。これで大きく順位を落としてしまうことに。しかしその後もペースを落とさず周回を重ね予定通りの30周目にピットに戻り、ドライバーを加藤選手に交代。
  加藤選手もまた安定したラップを刻み、予定通りの周回を重ね最後のドライバーであるブルース選手にドライバーを交代。ところがブルース選手は初めてのマシンでのレースという事もあり、なかなかペースを上げる事が出来ず苦しい走行となってしまいます。そして数周したところで突然ピットイン。ブルース選手がマシンの不調を訴えましたがマシンに問題はなくそのままピットアウト。後半に向けて徐々にトラックコンディションも良くなりタイムも上がり始めますが、ここで再びピットイン。今度はシケインショートカットによるペナルティでした。この2回の予定外のピットでレースへの勝負権は完全に無くなり、結果は完走7位。

荒れたレース展開の中で僕達のマシンは順調だったので、上位結果も望めただけに、このレース結果はとても残念な物になりました。
  そして迎えた日曜日。当初はスプリントレースが2レースが行われる筈でしたが、前日のレースでルール等に大きな問題が生じていてレース結果が凍結となったため、急遽予定が変わり予選、そして決勝のいつも通りの形式を1日で行う事になりました。チーム国光は予選・決勝共に僕が全て担当する事に。僕にとっては、今年第二戦以来の本当に久しぶりの予選となりました。第2戦以降は常にレース以外は、満タンで中古タイヤによるマシンセットしかやっていなかった事もあり多少不安はありましたが、この予選では思い切って走る事が出来、トップのNo.1 ザナヴィ ニスモZから0.1秒差の5番手。この1年でやってきた事が間違っていなかった事を自分自身で確認する事が出来、いい予選を戦う事が出来ました。この日、僕に走るチャンスをくれたチームと加藤君に感謝ですね。

  決勝レースはレースに向けてタイヤのセットを変更。気温がとても暑くなる事を考えての選択でしたが、スタート後の路面は暑さ以前に直前まで行われていたD1の走行により、路面が想像以上に荒れていてグリップが悪く、このセット変更が裏目に出てしまいました。それでも後ろから追い上げるNO3 G’ZOX・SSR・ハセミ Zを終始抑える事に成功。前を行く3位のNo.18 TAKATA童夢NSXとは1秒差でチェッカーを受け総合4位。他の日産勢がレースに出場していなかった為、順位はおまけのようなものですが、内容としてはこれまでの様々な状況を考えると納得出来るものだったと思っています。

  こうして新しい試みとして行われたアメリカでのGTレースは幕を閉じました。僕にとっては、久しぶりのアメリカ。このカリフォルニアスピードウェイにもオーバルですが、過去に3回来ています。本当に懐かしい地であり、現地に住む友人にもお会いする事が出来、楽しい時間を過ごすことが出来ました。今回のレースが2004年最後のレース。本当に1年間応援有難うございました!!!また近いうちにね!

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