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決勝レポート

決勝の朝。
ホテルの窓から外を見ると少ないながらも日差しがある。とりあえず今のところ雨は降っていない。軽く朝食を済ませていざサーキットへ。

いよいよこの日がきた。

6月11日の今日、この日はちょうど東日本大震災から3ヶ月目にあたる…。

サーキットに着いて一人黙祷を捧げる。

今回僕が日本の国旗と「ありがとう」を載せて走ることで現地フランスを始めとする各国のメディアも注目をしてくれていた。

日本の友人からは沢山のメッセージと「ありがとう」が書かれた横断幕を日本を発つ直前に頂いた。

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この横断幕は今回のルマンウィークのイベントの際には必ず登場してもらったが、レース関係者、メディア関係、そしてファンの方々から多くの注目を浴びていた。
「Bon courage!(頑張って!)」
見ず知らずの人たちからそんな声もかけてもらった。僕が持っていた日の丸のステッカーをヘルメットに貼ってくれたドライバーもいた。チームは僕に内緒で用意した「ARIGATO FROM JAPAN」のステッカーをピットやガレージの至る所に貼ってくれていた。そんな光景に出会う度に、世界の目がまだ日本に向いていてくれることを実感し胸が熱くなった…。

今回僕がマシンに乗り込む前に必ず空を見上げて心の中でつぶやいていた言葉「ありがとう」。
この場に僕を立たせてくれた全ての皆さんに対しての心からの「ありがとう」。

どこかに届いた・・・かな?

午後3時、今年79回目を迎えるルマン24時間耐久レースのスタートだ。

空は時折薄日が差し込むものの曇り空。
天気予報は雨だったり晴れだったり曇りだったりであまりあてにならない。一度に3つの天気が書かれてあることもある適当なフランスの天気予報。なので当然そんな時は当たる事もあるのだが。(笑)それにしてもフランスの天気予報は毎日よく変わる。山が少ない分遮るものがなくて雲の動きが早いからなのかな。

ルマンは1周が長いのでサーキットの半分が雨で半分が晴れなんてこともある。
雲の動きには要注意だ。

スタートドライバーはヤンが務めることに。
これは実は僕の希望。チームは僕にスタートドライバーを任せたがったが、しばらくレースをしていない僕がスタートを担当するよりも現在シングルシーターでレースを毎週のように戦っているヤンのほうが適任だと考えたからだ。

そこで僕は2番目の担当になる。大体何か起こるときは2番目だ。そのため冷静に対応できるであろう僕が2番手を担当する事になったのだ。

ヤンのスタートは上手くいったようで順位を1つ上げ、4番手で1周目を終了。トップの2台は別格のスピードで逃げるが、後続のマシンは似たり寄ったりのペース。
そしてレースが40分を経過した所で1回目のピットイン。給油だけを行い再びレースに復帰。
ここで2番手のマシンがトラブルでピットに入ったため3番手に浮上。その後もヤンは順調にラップを重ね1スティント40分を走りきりピットに戻る。ここまではスケジュール通りだ。

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そしてドライバーチェンジのタイミングで給油とタイヤ交換を行う。
給油とタイヤ交換は人数制限とレギュレーション(レース規則)上、同時には出来ないため、給油だけの時より余計に時間がかかる。そのため時間のかかるドライバー交代は、時間をロスしない為に給油だけではなくタイヤ交換を必要とするタイミングで行うことになっている。大体2-3スティント交換が目安だ。ラップにして約11周、時間にして約42分が1スティントになる。3スティントタイヤが持つようなら、途中給油の為のピットはあるが約2時間同じドライバーで走り続けることになる。

いよいよ僕の出番だ。
走り始めからマシンのバランスは今ひとつでペースを上げられない。恐らくタイヤの内圧が高すぎるのだろう。無線でエンジニアにマシンの症状を訴える。エンジニアは理解しているようだ。
何とかこの1ステイントを走りきってタイヤを交換しようとの無線が入ってくる。とにかくミスなくマシンをピットまで戻すことに集中してピットに戻りタイヤ交換。

ピットアウト後3周目くらいだったか今度は突然リヤから大きな衝撃が!
瞬間、マシンは大きくバランスを崩すが何とか修正して事なきを得る。ルマン名物ユーノディエールのストレートでのことだ。スピードは300km/hを超えていて一瞬冷や汗。

ミラーを見たら右のリヤタイヤがパンクしている…!

タイヤが完全にホイールから外れたり、外れたタイヤがボディワークを傷つけないよう細心の注意を払いながらゆっくりと慎重にピットを目指す。

どこかでマシンを止めたらそこで終わりだ。

何しろ13㎞のルマンはサルテサーキット。ユーノディエールからピットまでの距離はまだまだ長い。 はやる気持ちを抑えながらミラーで後方を確認しつつマシンを走らせる。

ルマンはもともとマシンのスピード差がありコース幅が狭いので後ろから走ってきた車に追突されかねない。コース幅は狭くブラインドコーナーも多いため、相手が出来る限り早くスロー走行をしている僕に気付くようラインをトレースする。

この1周が1時間に感じるほどの緊張感だ。

何とかピットに戻りタイヤを交換。慎重にゆっくりと戻ったこともあってホイルナット等も傷つかずにいてくれたようだ。

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タイヤを交換してここからは2スティントを続けて走る予定。この後は大きなトラブルもなく無難にこのスティントをこなし、もう一 人のチームメートニコラにドライバーチェンジ。パンクで一時順位を落としてしまっていたが、この頃にはだいぶ挽回してクラス7位あたりを走行。

走行を終えてエンジニアにマシンの状態を伝えた後はもう一仕事。というのは今回僕はルマン24の戦いをツイッターで随時報告するという試みにも挑戦していた。ドライバー自身がレース中に24時間レースの実況報告をする、これはレース界でも初めての試みではないだろうか?
正直ドライバーとしてはレース中はレースだけに集中したい。しかし今年のルマン24はテレビ放送もなく、僕が日本を出発する前もこちらに来てからも多くの方々からどうしたらレースの情報が日本で得られるのかと問い合わせをいただいていた。そこで考えたのがツイッターだ。
僕自身はこういったSNSなどは本当に苦手でメールを書くのもやっとというアナログ人間…。しかしこの日本のメディアの現状には正直落胆を覚えるとともに、何か出来ることはないかと考えた。少しでもルマンというレースに興味を持ってくれる人が増えてくれることを願って…。

実際にツイッターを始めてみると、開設から2日という本当に短い時間にも関わらず、実に1300人を超える方々がフォローしてくださり、走っている僕自身も皆さんからの応援メッセージに勇気や元気をもらう結果となった。試行錯誤の中で始めたツイッターだったが、メディアの新しい可能性を感じた出来事でもあった。

そしてホスピタリティに戻ってシャワーを浴び束の間の休憩。チームのトレーナーにストレッチなどもお願いして次の走行に備える。ドライバーによってはこの間に軽く食事を済ませる。僕は軽くフルーツを食べて少しベッドに横になる。

まだスタートして4時間くらい。まだゴールは20時間先だ。 ニコラの走行中には少しトラブルがあった模様。おそらくパンクかサスペンション。僕はホスピタリティで休んでいたので情報がない。よほどの緊急事態であれば連絡は入るが、そうでない限りここは別世界だ。一人の世界に没頭し、レースイメージを高める。今はただ彼がミスなく無事に走ってくれているのを祈るだけ。

しばらく経つとニコラがピットに戻ったとの連絡、再びスタートドライバーのヤンにドライバー交代。ニコラは途中トラブルがあったので結局4スティント走ったようだ。彼は若いし体力もあって性格もいいしとても将来が楽しみなドライバーだ。

この頃順位は5、6番手あたりか。 ここまでドライバーはミスなく、いい周回を重ねている。トラブルでラップを失っているのが悔やまれる。トラブルフリーであれば確実に2、3番手を走っていることだろう。

でもこれがルマンなのだ。

ヤンがステアリングを握る頃には少しずつ日が傾き始める。ヤンのこのスティントの最中にアウディが大事故を起こす。この事故のためにセーフティカーが導入され約2時間近くヤンはセーフティカーのもとで走り続ける。

セーフティカーが解除されるタイミングでチームは急遽僕にドライバーを交代することに。
もう1ステイントヤンが担当予定だったが、セーフティカーが長かったので一度ここでドライバーを変えようとの事。

いよいよ夜の走行が始まる。
ルマンの夜の走行ほど緊張感のある時間帯は他にない。
一瞬のミスで全てが台無しになる。
夜のルマンは限りなく暗い。よくこんなスピードで走り続けていると感心すらしてしまう。

決勝レポート

サーキットの脇ではこのルマンを観戦に来ている数十万のお客さん達が夜通しお酒を飲んだりしながら思い思いに楽しんでいる。楽しむのはいいが花火をやっているお客さんがいてこの花火の煙のせいでコースが見えなかったりすることもある。冗談のようですが本当の話。
そう、これもルマン。

この3スティントは大きなトラブルもなく順調に終えることが出来て、ドライバーを再びニコラに交代。彼にとっては始めての夜のルマンでのレースだが、いい集中力で走行を続けていた。

僕が走行を終えたのが夜中の2時頃。こんな時間にレースをしていいのかと思うほどの時間帯だ。再びホスピタリティのドライバーズルームに戻りシャワーを浴びて一人でストレッチ。これを忘れると体が固まってしまう。
次の走行は明け方になりそうだ。
仮眠をとりたいがアドレナリンが出ていてとてもじゃないけど眠れない。

当然僕が休んでいる間もレースは続く。

ニコのドライブは途中まで順調だったようだが、別のマシンのアクシデントで再びセーフティカーが入った模様。それでも3スティントを無事に走りきったようでヤンにドライバーを交代したとの報告が入る。彼は大きなトラブルもなく順調に3スティント目に入っていたが、ここで突然トラブルが発生した模様…!

無線でギヤが入らないとの連絡が入る。僕は次のドライブなので既にピットに戻って準備を始めていた。どうやら緊急のピット作業を行うようだ。
このタイミングで僕にドライバーを交代するとのエンジニアからの指示。

しかしギヤの問題は解決していない。どうやらセミオートマチックが使えないらしく、マニュアルのように上手回転を合わせて走らせてほしいとのエンジニアから伝えられる。

(おいおい、いきなりそんな事出来るのか?)

問題が起きると必ず僕がドライブを担当することになる。(苦笑)チームが僕に全幅の信頼を寄せてくれているのは嬉しいが、いきなりドライビングスタイルを全て変えなければならないのは簡単なことではない。

普段右手でお箸を持っている人が、いきなりギリギリの切迫した状況の中、左手でお箸を持って絶対に食べ物を落としたりしないでね、しかも早く綺麗に食べて!みたいな感じでしょうか。

またまた極めて責任重大な局面がやってきた。
こういう場面をどう切り抜けるかでドライバーの評価は大きく変わるのだ。やるしかない!

自分自身の持っている知識と経験をフル活動させてマシンを走らせる。序盤からのトラブルが尾を引きトップ3との差は開いてしまっているが、順位はそれでも4位まで挽回してきている。

しかしここで無理をしても順位は変わらないので、とにかくマシンの挙動に細心の注意を払いつつ、無事にマシンを次のドライバーであるニコラに託すだけ。

再び緊張感溢れる走行が続く。

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結局無事2スティントを終えた所でドライバーをニコラに交代。ところが経験の少ないニコラはこのマニュアル仕様では運転が出来ないとの事!直ぐにピットに戻ってくる。 チームはトラブルの原因を見つけて再びセミオートマが動くようにするしかなく、大慌てで考えられる全ての部品などをチェックする。

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なかなか問題が見つからずピットイン・アウトを繰り返していたが最終的に同じチームの別のマシンを担当するエンジニアのアドバイスでECUを交換したところ再び正常にギヤが動き出したようだ。

メカニックの顔に安堵の表情。
ただこのトラブルで失った時間は痛い。
しかしこんな時誰かを責めることは自分を責めることに他ならない。こんな時だからこそ我々はチームであり、一つであることを忘れてはならないのだ。

これもルマン。

マシンが正常に戻ってからのニコラは順調にラップを重ねる。順位は4位。後ろからは僅かな差で5位のマシンが迫っているが、普通にミスなく走り続けられれば抑えきる事が出来るだろう。前のマシンが何らかのトラブルで止まってくれれば3位に上がる事も十分あり得る。

あと一歩で表彰台、そんな想いも頭をかすめる。

ルマンはあと4時間を残すのみとなったが、ここからが本当のルマン24のドラマの始まりだ。
まさか自分がそのドラマの当事者になるとはこの時は思いもしなかったが…。
ニコラは3スティントを無事に走りきるが、この頃からコース上では雨がぱらつき始める。レースも終盤。ここに来て嫌な雨だ。路面は完全な雨でもなく、ドライでもない。チームがタイヤの選択に頭を抱え、そしてドライバーが一番ミスを起こしやすい路面状況になってきた。どうやら珍しく今日の天気予報はあながち外れていないようだ。こんな時だけ当たらなくてもいいのに!

この雨で足をすくわれ、既に何人かのドライバー達が壁の餌食になりリタイヤに追い込まれている。2009年にアジアンルマンで共にチームメートとして戦い優勝を飾った名門ペスカローロのクリストフ・タンソーもここでリタイヤに追い込まれた一人。チームメートのクラッシュをモニターで見ながら頭を抱える彼の姿がテレビの画面に映し出されている。
アウディ、プジョーといったワークスチームを除いてのプライベートチームのトップを走り続けて善戦していた名門ペスカローロもルマンの魔物に魅入られてしまったようだ。

20時間以上を戦い続け、ここでリタイヤを喫することほど悔しいことはない。ルマンがかくも過酷で厳しい戦いだといわれる所以がここにある。

計算上ではヤンが残りの3スティントを走りきれば彼のドライブで24時間のチェッカーを受けることになる。チームに確認したところ、よほどのことがない限りはこのままでドライバーチェンジはせずにチェッカーになる予定とのこと。
その時僕はヤンの1スティントを見守って、そろそろ着替えでも始めようかと思っていた。

そう思っていた矢先に突然チームマネージャーのセバスチャンが走ってくる。
「信治!準備をしてくれ。」
「え…?!」

気分はレース終了を待つだけのリラックス状態になっていた僕の驚きを想像してほしい。

「ヤンがドライバーを交代してほしいと無線で言っている。あと1周しかないから急いでヘルメットを被ってくれ!」

そんな事いわれても心の準備が…。レースという極限の戦いに向かうにはそれなりの気持ちの切り替えが当然必要だ。それがいきなり臨戦態勢になってしまった! しかも空からは嫌な雨粒が。

どうやらヤンはこの難しい路面状況下、マシンの状態も悪化している中での極度の緊張状態に耐えられなかったようだ。ドライバー達が最も嫌う難しいコンディションのもと、少しのミスでコースオフでもしたら最後、チェッカーを受けられなくなる。
レースも23時間が迫り、残り1時間弱。
最後の最後になってこの難しく、そしてもっとも緊迫した重要な場面。
このプレッシャーの大きさは想像を絶する。

サッカーならワールドカップでの優勝争いのPK戦の際のラストの選手の心境だろうか。
ゴルフならあとワンパットで優勝が決められるかどうかの場面だろうか。

しかしレースではこの緊張感を1時間半に渡って持続し続けなければならない。
それにしてもこのイケメンドライバーは最後までやってくれる。(笑)

その我侭ぶりに少々呆れながらももう一 度集中力を高める。

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この時今回の僕の魔法の言葉をもう一度呟いてみる…「ありがとう」。
大急ぎでヘルメットを被り空を見上げて大きく息を吐き出す。

あとは…やるだけだ。

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案の定、路面は所々濡れていて滑りやすい。前の周では大丈夫だったコーナーが次の周では濡れている。空の明るさを見ながらバイザーにあたる水滴で雨が落ちて来ているかを確かめる。体中の神経を研ぎ澄ませて確実にラップを重ね1スティントが終了。

ピットに戻り最後の給油を終えてピットアウト。
残りは40分と少し。マシンに問題は特にない。
あとは僕がミスなくゴールまでマシンを運ぶだけ。
順位はこのままいけば4位がほぼ確定している。

長かった24時間がもうすぐ終わろうとしていた…。

そして残り3周に差しかかった時だ。ここからルマン24最終章の幕が開くことになる。

最終コーナーを過ぎたところで突然マシンの後部から白煙が!! その瞬間すかさずコントロールタワーにある時計を確認する。残り時間は8分くらいか。

パンクか?! マシンの何かが右後部で壊れたのは間違いない。

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(嘘だろ・・ここまで来て・・・。)

このルマン24はチェッカーを受けなければ完走扱いにならない。23時間59分走っていても、最後にチェッカーフラッグを受けないとゴール(完走)とは認められないという実に厳しいルールがある。

もし僕がマシンを止めてしまったら、その瞬間僕らのルマン24時間は終わりを意味する。

再び僕はミラーでマシンの後部を確認しながら白煙が上がらないスピードまで速度を落とし何とか走行を続ける。このスピードでいけば1周する頃には24時間が経過してトップのアウディはゴールを迎えることになるだろう。この状態で今度は丸々1周することになる。
何が壊れたのかはこの時点で正確には分からない。
とにかく1周、この1周だけもってくれ…。

白煙が上がった瞬間、そしてそこから始まる長い長い13kmのサルテ サーキットのワンラップ。
この間にどれだけ沢山のことが頭を駆け巡ったことか。

後から聞いた話ですが、この時の様子は全世界にテレビでも放送され、被災に見舞われた日本からたった一人でルマンに挑戦にきた中野信治のマシンが最後の最後の戦いをしていると実況をされていたそうです。

24時間より長いとさえ感じたこの最後のサルテサーキットのワンラップ。

どうか、どうかマシンをゴールまで運ばせてください…。

ピットからは無線で今どこのコーナーだと?と何度も何度も無線が入る。このときのチームのパニック振りは想像に難くない。
僕のこの時の心拍数の早さも想像してほしい。

そしてついに最終コーナーが見えた。もう大丈夫だろう。

最終コーナーを抜けると、ピットの上で歓喜を通り越え狂喜するメカニック達の顔が見えた。
スピードが遅いので余計に皆の喜ぶ顔がはっきりと…。

白煙を上げながら歩くようなスピードでのゴール。

24時間の戦いの果てのこんなゴールを誰が予想しただろう。
ドラマをいったい誰が作っているのだろう。
最後の最後まで何が起こるかわからない
人生も同じかもしれない。

そして最後に受けるチェッカーフラッグ!
共通して言えることはやはり諦めてはならないということなのかもしれない。
厳しい戦いを通して、その中で信じること、信じ続けること、そして尊く生きることの意味を知ることが大切なのだとも思う。
僕はこの僕の人生の半分以上をともに歩んできたモータースポーツにおいて、そんな人として当たり前な、でもとても大切なことを学ぶことが出来ていることに望外の幸せを感じている。

ルマン挑戦5年目にして、ついにようやく辿り着いたルマン24時間のフィニッシュライン。
時計は12日の午後3時を過ぎている。
まだ24時間しか経ってないんだ。昨日のスタートが随分と前の出来事のような錯覚にとらわれる。

パレードラップに入る。
無線で僕はチームのメンバー達に一言。
「ありがとう」
チームからも
「ありがとう 信治!よくマシンをゴールまで運んでくれた!!」との返答。
コースにはマーシャルが全員コース内に出てきて完走したドライバー達に手を振り、サムアップ。そのマーシャルたちの隙間を縫って完走した全てのマシンがゆっくりと走り抜けていくパレードラップはルマンの名物だ。
僕もこの光景を何度も映像で見たことがある。マーシャル達も24時間一緒に戦ってくれていた。
お互いがサムアップで合図を送る。言葉はいらない。ここでは全てが一つにならなければならないのだ。
24時間を戦い抜き完走した全てのマシン、そしてスタッフに大きな賛辞が送られるのがルマン24。

でも僕にはまだクリアしなければならない最後の目標が待っていることを忘れてはいけない。

今回の僕のルマン24参戦にあたっては、本当に沢山の方たちのご協力を頂きました。このようなご時世に暖かい心で僕の世界への挑戦にご理解を頂き共に戦ってくださった方々に心から感謝いたします。

最後に改めまして今回の東日本大震災で犠牲になられた方々に哀悼の意を表すと共に、被災地の一日も早い復興と被災者の方々に少しでも早く心の平穏が戻ることを心から願うばかりです。
未だ復興の途中にある東日本の地域の皆さんに僕はまだ何もすることが出来ていませんが、今後も変わらずこの状況を意識し続け、動き続けなければならないと思っています。

今回のルマンの戦いの中で多くのトラブルに見舞われながら、そして最後の最後に訪れた最大級のアクシデントを乗り越えて奇跡のような完走を果たせたこと。そこには目に見えない何か大きな力が後押ししてくれていたように感じます。
僕をここまで導いてくれたすべての方に、すべてのものに心からのありがとう…を。

僕自身またここからは来季に向けての準備も始まりますが、高いモチベーションを保ちつつ、更に強くなった自分で、あのルマン・サルテサーキットに戻るべく精進する所存です。

深謝。

中野信治

決勝

<総合>
Po. No. Cl. Team Car Driver Laps
1 2 LM P1 Audi Sport Team Joest Audi R18 TDI Fassler / Lotterer / Treluyer 355
2 9 LM P1 Team Peugeot Total Peugeot 908 Lamy / Bourdais / Pagenaud 355
3 8 LM P1 Peugeot Sport Total Peugeot 908 Montagny / Sarrazin / Minassian 353
14 49 LM P2 Oak Racing Oak Pescarolo-BMW Nakano / N. De Crem / J. Charouz 313
<LM P2>
Po. No. Team Car Driver Laps
1 41 Greaves Motorsport Zytek Nissan Ojjeh / Lombard / Kimber-Smith 326
2 26 Signatech Nissan Oreca 03-Nissan Mailleux / Ordoñez / Ayari 320
3 33 Level 5 Motorsports Lola Coupe-Honda Performance Development Tucker / Bouchut / Barbosa 319
5 49 Oak Racing Oak Pescarolo-BMW Nakano / N. De Crem / J. Charouz 313

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