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HOPE

今回のWEC富士でのレースは僕にとって忘れられないレースになったと前に述べた。
僕が感じた様々な思いの中でこのことについて触れないわけにはいかない。
それが「HOPE」だ。

その日サーキットに着いた僕はピット裏の控室の窓に貼られた数枚の絵に気づいた。
どれも子供たちが書いてくれたようで富士山の前を走る車や日の丸の旗、WECのロゴ、英語でのエールなどが色鮮やかに描かれている。

HOPE

これから始まるレースウィークを限られた時間の中で戦うなか、そのことで頭がいっぱいになっていた僕を、その清らかな明るいエネルギーをもった数枚の絵が優しく出迎えてくれた。
そんな時パドックエリアに賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。

「Hello!」 「How are you?」
引率の先生が教えたのだろうか、子供たちは外国からきたドライバーやメカニックたちに大きな声で英語であいさつをしながら嬉しそうに歩いていく。
それを聞いたドライバー達も驚きながら笑顔で挨拶を返す…こんな微笑ましいやりとりを今回の富士では目にすることが出来た。
富士スピードウェイが地元の小学生を招待してくれていたのだろうか。
これは本当にいい試みだと思う。
子供達が目を輝かせてサーキットのパドックを歩く姿を見て嫌な気分になる人はあまりいないだろう。

HOPE

思えばアメリカでCARTシリーズに参戦していた頃、ドライバー達みんなで病気と闘っている子供たちの病院を慰問したり、子供たちとのイベントに参加することが何度もあった。
僕たちドライバーが子供たちに会いに行くこと、子供たちがサーキットに遊びに来てくれること、こうした双方のやり取りの中で交流や文化が生まれていく。
こうした試みはぜひこれからも続けて欲しいものだ。

僕はパドックを闊歩する沢山の水着のお姉さんを否定するつもりはない。
この状況は日本のモータースポーツ界と選手そのものに力が足りないから生まれてきてしまっているのだ。
究極を言ってしまえば、この業界に本気で文化を育てる覚悟が出来ていないのではないかとも感じている。
この業界においてパンドラの箱はとうの昔に開いてしまっているのだ。
そして今のモータースポーツ界はもう直ぐ箱の底が見えるであろう過渡期に入っているとは言えないだろうか。
もし箱の底に希望が残るとするのならば、その希望とは今の子供達の世代によって形になる。
子供がいるとそれだけでその場の空気が変わると感じるのは僕だけではないだろう。
その場の淀んだ空気が一瞬にして清清しいものに変わるのだ。
残念ながら現在のモータースポーツにおいてはこの清清しさが全くと言っていいほど伝わってこない。
清涼感とでも言うのだろうか、スポーツにおいてこれは一つの醍醐味でもある。
そしてこの部分は我々日本人が最も大好きな部分でもある思うのだが・・・。

HOPE

選手に全ての問題があると言うのは少々乱暴かもしれない、そういった部分ではモータースポーツは色々な側面から見てみて非常に難しいスポーツなのだ。
ただ、僕はそのままでいいとは思わない。
僕は自分なりにではあるが、この業界にいる人間としてこのスポーツがスポーツたる所以をきちんと伝えるべく努力を続けているつもりだ。
それはサーキット内だけではない。
ここ数年サーキットで過ごす時間の少ない僕は半ば引退しているかのようにも思われているのかもしれないが(苦笑)、講演や教育などを通して違う業界に向けての発信を地道に粛々と続けている。

話が逸れるが僕のスタイルもそうだ。
僕が普段からジャケットを着て、ストールを巻いていたりしているのにお気づきだろうか。
別に格好つけて気取りたいからではない。
きちんとした格好をすることがおかしいように思われる風潮があるのも不思議なことだが、それはもしかしたら今の日本の風潮のひとつでもあるのかもしれない。
おかしなことに、まともなことを話すことが不思議なように思われることさえもあるのだ。
何故日本はこんな感じになってしまっているのだろうか?
慣れ、そして風化とは怖いものだと思う…。
もちろん皆が同じである必要など全くない。
むしろ個性を伸ばし、光らせることの方が重要だろう。
ただ今だ日本においてはモータースポーツがスポーツとしてきちんと認知されていない現実を知ることも重要だ。

どこかの国の受け売りのような言葉だが、やはりモータースポーツは紳士のスポーツなのだ。
モータースポーツは元来そうやってヨーロッパで成熟してきたスポーツだ。
僕はヨーロッパの真似を推奨しているのではない。
ただこの言葉にはとても深い意味が込められていると言うことを学ばなければならないと思っている。
老婆心ながら日本の若いドライバー達にはそういった自覚を持って普段から行動をして
欲しいと心から願っている。
選手一人一人の意識と行動が、周りの意識と認識を変えていくのだ。
モータースポーツはスポーツであると…。

ご存知の通り僕はどこかのグループに属してわいわい仲良くできるタイプの人間ではない。
どちらかと言えば、完全な一匹狼タイプ。
もうこれは学生時代からずっと変わっていない。
別に人が嫌いな訳ではない。苦手なだけだ。(苦笑)
皆さんにはどのように映っているのか分からないが、僕は元来ちょっと異常なくらい人見知りでシャイな人間だ。
それが時々誤解を生んでしまうようだが、こればかりは性格なのでどうにもならないなぁ。
最近のみんな仲良しなドライバー達を見ていると実に愉快で面白い。
同時に少し羨ましくもある。

それでもやはり僕は僕だ。
僕は長い海外生活の孤独の中でずっと自分自身を見つめ、向き合ってきた。
そんな僕が海外で過ごした濃密な十数年の静と動の時間が今の自分を形成しているといってもいい。
僕はかなりの強い信念をもって自分のスタイルを貫いている。
その分もちろん壁も高くなる。
無論そんな僕のスタイルが全て正しいとは思っていない。
実際厳しいと感じることの方が多いのは事実だが、僕はそんな厳しささえもエネルギーに変えるべく全ての時間を自らの夢のために特化させてきた。

HOPE

こうした今の日本のある意味和やかな環境は、ヨーロッパではあまり見たことがないのだが、いかにも日本人らしいなと微笑ましく思ってしまう。
ただ、世界で戦うことを前提に考えた時、今の才能あるドライバー達を見ていていささか物足りなさを拭い去れないのも事実だ。
勿体無い…。

僕は他人を見る時に一つだけ判断基準も持つようにしている。
清清しさの中に強い信念を持った人間を僕は心から応援したいと思っている。
僕は確信している。信念に勝るエネルギーはないのだ。
昨今の様々なスポーツ界で戦っている選手を見ていると、時々そんな素晴らしいエネルギーを持った選手を見かけることがある。
信念をもって戦い、行動をしている人間には必ずどこからか沸き立つような清清しさがあるものだ。
日本人とは元来清清しいものに惹かれる性質を持っているとは思わないだろうか。
僕は長いレース人生の半分を海外で戦っている。
やはりその国々によってモータースポーツの捉え方は違うのだ。
日本人にとってのモータースポーツとは何なのだろう?
このスポーツは我が母国にて文化になりえるのだろうか?
これはこのスポーツに関わる全ての人たちにとっての命題でもある。

HOPE

あくまで私見ではあるが、ここから数年で過渡期を迎えている日本のモータースポーツが大きく変わることはないだろう。
理由は簡単だ。
それを動かしている人が変わらなければ、そこには何の変化も起こりえない。
人を外側から変えることなど不可能と言っても過言ではないと僕は思っている。
そう、他人と過去は変えられないのだ。
変化とは自らが起こすものであって、人に期待することでも、人にお願いすることでもない。
自らを知ろうとしない限り、その人に変化など一生訪れることはないだろう。
スパイラルとはそうして生まれるのだ。
決して否定しているわけではないのだが、現在のモータースポーツ界は今までの結果だ。
この業界はずっとそうしたスパイラルの中にいるように思える。
もちろん素晴らしい部分も多々あると思っているのだが…。

今回僕がこの子供達を見ていて感じたのは「HOPE」だ。
プレスカンファレンスのあと、サーキットに来てくれた子供達と写真を撮る機会があった。彼らが描いてくれた絵と言葉はどれもドライバー達に勇気をくれるものばかりだった。
それぞれのドライバー達が選んでいた絵に性格が出ていてちょっと面白い。(笑)
僕が選んで手にしたのはこの言葉が書かれた絵だった。

「希望」

これから数十年たった時、この世界の中心にいるのは今は子供である彼らだ。
彼らは未来そのものであり、僕らが見ることが出来ないであろう未来を創造するのも彼らなのだ。
僕ら大人にはそんな彼らに素晴らしいと思ってもらえるものを見せる義務があると思っている。
我々大人が変われば子供が変わり、そして子供達が変われば未来が変わるのだ。
文化を創造していくとはそういうことなのだと思う。

HOPE

今回来てくれた子供たちはサーキットで何を思っただろう?
僕たちを見て何を感じただろう?
子供たちの毎日は大人が思う以上に刺激に満ち溢れている。
そんな彼らがいつまで今日のことを覚えてくれているかはわからない。
それでも何人かの子供たちが今回このレースウィークを通してモータースポーツに少しでも興味をもってくれたら、ドライバーの誰かに興味をもってくれたら、そんな嬉しいことはない。
子供たちが憧れる世界、夢を持てる世界を僕たちが見せてあげなくてはならない。
見せ続けなくてはならない。
それはモータースポーツに限らないはずだ。

もっとこんな機会が増えるといいなと思う。
Hope to see you again…

中野信治

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